大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

横浜地方裁判所 昭和54年(ワ)1442号 判決

原告

大石田近一

大石田孝志

大石田忠夫

大石田三男

右四名訴訟代理人

小見山繁

被告

横浜市

右代表者市長

細郷道一

右訴訟代理人

上村恵史

会田努

北田幸三

右指定代理人

住吉好雄

外二名

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告大石田近一に対し金三三三万三、三三四円、同大石田孝志、同大石田忠夫、同大石田三男に対しそれぞれ金二二二万二、二二二円及び右各金員に対する昭和五四年五月三一日より右各支払いずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

(一) 原告大石田近一(以下、原告近一という)は大石田キン(以下、キンという)の夫、同大石田孝志(以下、原告孝志という)、同大石田忠夫(以下、原告忠夫という)、同大石田三男(以下、原告三男という)はキンの子である。

(二) 被告は横浜市立大学医学部付属病院(以下、市大病院という)を開設、経営している。

2  診療契約

キンは昭和五二年四月一八日、被告との間で、市大病院はキンの子宮癌について診察、治療をなし、子宮癌の手術が行われた場合には癌の再発、転移についての検診を行い、癌の再発、転移を発見した場合にはこれを治療することを内容とする診療契約を締結した(なお市大病院はわが国でも最高水準の人的、物的設備をそなえている公的医療機関であるから、右診療契約における診断、治療は最高のものであるべきであつた)。

3  キンの死亡

キンは前記診療契約後、市大病院において子宮癌との診断を受け、昭和五二年六月一四日、同病院で子宮摘出手術を受け、同年七月一〇日に退院し、その後も、術後の後遺症管理、癌の再発、転移の早期発見のため同病院に通院していたが、昭和五三年七月三〇日、同病院に再度入院し、翌三一日、開腹手術を受けたところ、S字状結腸癌が発見され、その後も、同年八月一〇日、一二日に手術を受けたが、同年一一月二八日、癌性腹膜炎で死亡した。

4  検診懈怠、誤診

子宮癌はS字状結腸辺への再発転移の可能性が大であるから、市大病院医師としてはキンの訴え、身体状況に注目して、適宜検診を行い、癌再発、転移の早期発見、治療に努めなければならないが、昭和五二年一一月ごろからキンが下腹部に固りがあることを自覚し、昭和五三年一月ごろから便通が困難になり、そして左下腹部痛を感じ、同三月ころからは排便時に肛門から出血があるなど、S字状結腸への癌転移症状を自覚し、市大病院医師にその旨を訴えていたのであるから、同病院医師としては癌の再発、転移を疑い、速やかに直腸鏡検査、注腸造影検査、内視鏡検査などを施行すべきであつたにも拘らず、これを怠り、前回手術時に雑菌が尿道から入つたとか、単なる腸の便通障害であるとか、痔疾(内痔核)であるなどと誤診して癌についての検査を怠り、前記昭和五三年七月三一日の開腹手術によりはじめてキンのS字状結腸癌を発見したため、治療開始が大幅に遅延した。

5  腸管縫合の不完全

市大病院医師は昭和五三年七月三一日、キンの開腹手術を行い、腸管切除、癌摘出、腸管縫合をなしたが、その縫合手術施術にあたつてはキンの全身状態悪くかつ腸管切除手術のための事前措置として腸内殺菌を行いえなかつたのであるから腸管の縫合不全ないしそれによる化膿性腹膜炎を生ぜしめないよう腸管の縫合につき十分気をつけたうえ縫合を完全になすべきであつたにも拘らず、これを怠り、その縫合が不完全であつたため、手術後、縫合部分から腸管内の汚物が腹腔内に溢出し、癌性腹膜炎を生ぜしめた。

6  病院管理上の過失

被告は前記診療契約の趣旨に従い、最高水準の診療を行うため、優秀な医師、看護婦を適切に配置すべきであるのに、これを怠つたため、すでにキンのS字状結腸部分は強度に狭窄していたにも拘らず市大病院医師は昭和五三年七月二一日、肛門からバリウムを注入して注腸造影検査を実施してキンに腸閉塞症状を生ぜしめ、同月三一日の前記開腹手術において腸管縫合に失敗し、同年八月一〇日実施の人工肛門設置手術にも失敗したほか、再三の手術強行、異型血液の輸血などによりキンの全身状態を悪化させ、症状を重篤ならしめた。

7  因果関係

右のような被告の診療契約上の義務の不完全履行により、キンは死亡したものである。

8  キンの損害

慰藉料 金一、〇〇〇万円

9  相続

原告近一はキンの夫としてキンの右損害賠償請求権の三分の一(三三三万三、三三四円)、同孝志、同忠夫、同三男はキンの子として九分の二(二二二万二、二二二円)ずつを相続した。

10  結論

よつて、被告に対し原告近一は三三三万三、三三四円、同孝志、同忠夫、同三男はそれぞれ二二二万二、二二二円の損害賠償金及び右各金員に対する本訴状副本送達によりその支払の催告をなした日の翌日である昭和五四年五月三一日より支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを請求する。

二  請求原因に対する認否

その1のうち、(一)は知らない。(二)は認める。

その2のうち、かつこ内は否認し、その余は認める。

その3は認める。

その4のうち、キンが昭和五三年一月ごろより便通困難を訴えていたこと及び肛門からの出血につき市大病院医師が痔疾(内痔核)と診断したことは認めるが、その余は否認する。

その5のうち、市大病院医師が昭和五三年七月三一日、キンの開腹手術を行い、腸管切除、癌摘出、腸管縫合をなしたこと、手術後、縫合部分から腸管内の汚物が腹腔内に溢出したことは認めるが、その余は否認する。

その6のうち市大病院医師が昭和五三年七月二一日、バリウムを注入して注腸造影検査を実施したこと、同月三一日の開腹手術において腸管縫合をなしたこと、同年八月一〇日、人工肛門設置手術をなしたことは認めるが、その余は否認する。

その7、8は否認する。

その9は知らない。

第三  証拠〈省略〉

理由

一〈証拠〉によれば請求原因1の(一)が認められ、請求原因1の(二)は当事者間に争いがない。

二請求原因2はかつこ内を除いては当事者間に争いがなく、弁論の全趣旨によると、市大病院は公的医療機関の一つである大学医学部附属病院として相当の人的、物的設備をそなえていることが認められるから、キンと被告間の診療契約における診断・治療は、最高のものとはいえなくても、相当高水準のものであるべきと考えられる。

三請求原因3は当事者間に争いがない。

四請求原因4のうちキンが昭和五三年一月ごろより便通困難を訴えていたこと及び肛門からの出血につき市大病院医師が痔疾(内痔核)と診断したことは当事者間に争いなく、〈証拠〉によると

1  キンは昭和五二年四月一八日、市大病院において精密検査を受けたところ、子宮頸癌Ⅱb期と診断され、同年五月三一日、同病院に入院、同年六月一四日、広汎子宮全剔除手術を受け、同年七月一〇日、同病院を退院した。

2  子宮癌治療のため広汎子宮全剔手術を行つた場合、癌の再発、転移が生じたり、また手術による後遺障害としてリンパ腫瘤、膀胱麻痺、直腸麻痺などが多発するので、術後患者に対しフォローアップクリニックが行われるが、キンも市大病院医師の指示により右クリニックを受けるため昭和五二年七月二五日以降月に一、二回、同病院婦人科に通院し、住吉好雄(市大医学部助教授)を責任者とする同科医師団から診察、膣細胞検査を受けた。

3  キンには退院当初より左下腹部痛、腰痛、肩痛、便秘、残尿感など広汎子宮全剔手術後患者に多くみられる後遺症状がみられたが、毎回の膣細胞診には異常がなく、術後経過はおおむね良好であつた。

4  ところが、キンは昭和五三年二月二日ころより発熱があり、また左下腹部より左側腹部にかけて激しい痛みが継続するようになり、同月二八日には便に血が付着した。

キンは同月二八日、市大病院婦人科に通院した際、医師に二日以降の症状を訴えたので、同科医師は子宮癌の再発、転移を疑い、市大病院第一外科に併診を依頼した。

5  第一外科では当日、キンの肛門部の視診、触診、肛門鏡検査を行つたところ、肛門部に内痔核が認められ、一個所が黒つぽく、そこからの出血が強く推測されたので、担当医師は直腸鏡検査はせず、キンに坐薬を与えるなど、もつぱら内痔核の治療を行い、経過次第では直腸鏡検査を行うことにして、その旨を婦人科に返答した。

キンは同年三月一五日、再び市大病院第一外科で直腸診、肛門鏡検査を受けたが、出血は止まり、経過は良好であつて、同年四月一八日の同科での診察時にも異常はなかつたので、第一外科ではキンに対し直腸鏡などの検査を施行することもなく推移した。

6  その後キンの状態に特段の変化はなかつたところ、同年五月一八日、市大病院婦人科で診察した際、左下腹部に帯状の抵抗が認められた。この抵抗については確定的な診断をつけかねたが、触診した際、少し動くように思えたので、同科医師は糞塊かもしれないと診断した(癌による腫瘤は硬くて動かないのが特徴である。なおフォローアップクリニックのため市大病院婦人科に通院直後ころからキンの左そけい部辺に鶏卵大の腫瘤があり、波動液が触診されたので、リンパ腫瘤と診断されていた)。

また同月三一日、第一外科がキンを診察した際、左下腹部に硬い腫瘤を認めたので、同科医師は同年六月六日に直腸鏡検査、同月一六日に注腸造影検査を施行することを決めた。ところが、キンは腹痛のため、検査予定日に各検査を受けることができなかつた(尤もキンは同年六月八日、市大病院において左下腹部の超音波検査(これは腫瘤が充実性(癌の場合)か水性(リンパ腫瘤の場合)かについては極めて有効な検査法とされている)を受けたが、その結果、腫瘤の大きさは五×四センチメートルで、その大部分は水性、一部に充実部があることが判明した)。

そのため七月四日に第一外科で受診した際、あらためて注腸造影検査を七月二一日に施行することを決定し、同二一日にこれを施行したところ、左側下行結腸とS字状結腸の境辺に狭窄が認められた。そこで七月二四日、第一外科は同月三一日に大腸ファイバースコープ検査(内視鏡検査)を実施することを決め、また、入院予約がなされた。

7  同年七月三〇日、キンが自宅で大量出血し、意識不明となつたため、同日市大病院に入院し、翌三一日、小泉博義医師の執刀で腸閉塞解除のための緊急開腹手術を行なつたところ、後腹膜全体に癌の播種があり、それは腎臓、尿管を巻き込み、尿管は閉塞に近く、開腹時に認められた癌はその組識病理学的検査によると、子宮癌の再発、転移したものであることが判明した

ことが認められる。

ところで〈証拠〉によれば、子宮癌の広汎子宮全剔手術後の患者に対するフォローアップクリニックは前記のように、術後後遺症管理のほか、癌の再発転移の早期発見を目的とするものであるが、後腹膜ないしS字状結腸を含む骨盤内は子宮癌の再発、転移の好発部位(再発、転移した場合の概ね三〇パーセント)であることが認められるから、キンの術後フォローアップクリニックを担当した市大病院婦人科医師及び前記のように婦人科より併診依頼を受けた第一外科医師はキンの身体全体の状況及び再発、転移の好発部位の症状などに注意して、適宜有効な検査、診察を行い、癌の再発、転移の早期発見に努めなければならないことはいうまでもない。

そして、〈証拠〉によると、S字状結腸癌の症状としては便秘などの便通異常、下血、左下腹部痛、腸狭窄などがあげられること、昭和五二、五三年当時、大腸癌の検査法としてわが国の病院において広く用いられていたのは直腸鏡検査、注腸造影検査内視鏡検査であること、四〇才以上の患者に対しては便通異常、下血などあれば痔疾があつても直腸鏡検査を行うことが望ましいとされていたことが認められる。

キンには昭和五二年七月一〇日、市大病院退院当初より左下腹部痛、便秘などが存したが、これらは広汎子宮全剔手術後患者に多くみられる症状であり、昭和五三年二月二八日の出血前後ころまでのキンの術後経過はおおむね良好であつたことは前記認定のとおりであり、また、フォローアップクリニックのための通院直後ころから、キンの左そけい部辺に腫瘤があり、波動液が触診されたためリンパ腫瘤と診断され、昭和五三年六月八日の超音波検査の結果においても、左下腹部腫瘤の大部分は水性(非癌性)と判定されたことは前記認定のとおりである。

従つて子宮癌の再発、転移を疑わせるキンの症状として最も注目すべきは昭和五三年二月二八日の肛門よりの出血であるところ、昭和五三年二月二八日、市大病院第一外科医師は右出血を内痔核よりの出血と診断し、直腸鏡検査をしなかつたこと及び注腸造影検査は同年七月二一日に行つたこと(それまでは行われなかつた)は前記認定のとおりである。

しかし、〈証拠〉によると

1  前記検査法のうち注腸造影検査は検査の二日位前から食事制限を行い、人によつては一週間位前から緩下剤を用いるなどして腸内清掃の準備をなし、検査は肛門よりバリウム三〇〇ないし四〇〇ミリリットルを空気とともに腸内に注入し、一五ないし二〇分にわたつて二重造影X線写真を撮影するもの、内視鏡検査は注腸造影検査と同様の腸内清掃準備をなしたうえ、肛門から腸内に内視鏡を挿入するものであつて、ともに患者に対し相当の苦痛を与えるものである。

2  直腸鏡検査は排便、浣腸により容易に行いうるが、その可視範囲は肛門から二五センチメートル前後まで、すなわち直腸とその上のS字状結腸の下部辺までである。

3  キンが罹患した子宮癌のS字状結腸への再発、転移症状は原発性の結腸癌(この場合は腸内腔に接した粘膜に癌が発生する)と異なり、腸周囲組織に癌が転移し、増殖につれて腸の外側から腸内腔に向つて浸潤が行われるから、腸内腔に対する諸検査によつてそれが発見される確率は低く、キンの場合、昭和五三年三月ころに注腸造影検査、内視鏡検査を行つたとしても、異常を発見できたかどうかは疑問とされている。

4  S字状結腸癌の前記症状は癌固有のものではなく、他の疾病症状と重複、類似するものであり、また前記のように検査による患者の肉体侵襲(苦痛)の程度はそれぞれ異なるところから、患者に対してはその身体状況、症状に応じて侵襲程度の低い検査から侵襲程度の高い検査(原則的には直腸鏡検査、注腸造影検査、内視鏡検査の順序)をなすべきものとされている

ことが認められ、これらに前記認定の昭和五三年七月三一日の開腹手術時、狭窄は直腸鏡の可視範囲をこえた左側下行結腸とS字状結腸の境辺に存したことをあわせ考えると昭和五三年二月二八日、第一外科医師が(〈証拠〉によると、キンは大正一三年一二月生れで、当時四〇才をこえていたことが認められるが)キンの肛門部所見から内痔核よりの出血と診断し、それに対する治療を精密検査に先行させ、当日、直腸鏡検査を行わなかつたことをさして検査懈怠ということができず、また注腸造影検査が同年七月二一日に行われたのが遅きに失した(六月一六日に予定した検査がキンの腹痛により実施できなかつたことは前記認定のとおりである)ということもできない。

ほかに請求原因4の原告ら主張を裏づける事実を認めるに足りる証拠はない。

従つて原告らの右主張は失当であり、採用することができない。

五請求原因5のうち、市大病院医師が昭和五三年七月三一日、キンの開腹手術を行い、腸管切除、癌摘出、腸管縫合をなしたこと、手術後、縫合部分から腸管内の汚物が腹腔内に溢出したこと及びキンが癌性腹膜炎で死亡したこと(請求原因3)は当事者間に争いないが、右汚物溢出によつて癌性腹膜炎が発症したことを認めるに足りる証拠はなく、かえつて〈証拠〉によると、昭和五三年七月三一日、市大病院医師(前記のように執刀者は小泉博義医師)が行つた開腹手術は術式に則つたもので別段の過誤はなく、右手術のような腸管切除後の縫合不全は、腸閉塞症状のない場合でも七パーセント前後発生し、本件の如き閉塞症状を示していたものにおいては、その三倍の二〇パーセント前後発症する可能性があること、本件の場合には緊急手術ということもあつて、手術前に腸内殺菌を行いえず、また、キン自身の体力も相当衰弱し、閉塞によつて太さ、形状が異なるようになつていた腸管を縫合したということが腸管の縫合不全の主要な原因であることが認められるから、縫合不全、これによる汚物溢出はやむをえないものといわざるをえない。

従つて請求原因5の主張も失当であり、採用することができない。

六請求原因6のうち、市大病院医師が昭和五三年七月二一日、バリウムを注入して注腸造影検査を実施したこと、同月三一日の開腹手術において腸管縫合をしたこと、同年八月一〇日、人工肛門設置手術をなしたことは当事者間に争いのないところ、右注腸造影検査によりキンに腸閉塞症状を生ぜしめたことを認めるに足りる証拠はなくかえつて弁論の全趣旨により昭和五三年七月三一日撮影のキンの腹部X線写真と認められる乙第一八号証の一、二によると、昭和五三年七月三一日には同年七月二一日に注入のバリウムは全部腸外に排出されていること、すなわち注腸造影検査と腸閉塞症状との間には因果関係がないことがうかがえ、また腸管縫合に失敗はないことは前記のとおりであり、同年八月一〇日に実施の人工肛門設置手術に失敗したことを認めるに足りる証拠はなく、かえつて〈証拠〉によると、八月一〇日の手術は縫合不全による化膿性腹膜炎発症のため施術した人工肛門設置手術であるが、この手術も術式に従つてなされたもので、別段の失敗はなかつたことがうかがえ、またキンの身体に異常を生ぜしめるような異型血液の輸血がなされたことを認めるに足りる証拠はなく、キンに対して昭和五三年七月三一日、同年八月一〇日、同月一二日に手術がなされたこと(請求原因3)は当事者間に争いがなく、第一回の手術当時、すでにキンの体力が相当衰弱していたことは前記認定のとおりであり、〈証拠〉によると、三回の手術はすべて全身麻酔で行われ、手術時間は一回目が約五時間、二回目が約三時間半、三回目が約一時間半で、各手術時には相当の出血があつたことが認められるから、三回にわたる手術がキンの全身状態に悪影響を及ぼしたことは否定し難い。

しかし一回目の手術が腸閉塞解除のために行われ、二回目の手術が化膿性腹膜炎発症のため人工肛門設置を目的として行われたことは前記のとおりであり、〈証拠〉によると、三回目の手術は人工肛門の部分的壊死による再造設手術であることが認められるから、三回の手術はキンの症状に応じて行われたそれぞれ必要不可欠の手術であつたといわざるをえない。

また手術による全身状態の悪化がキンの症状を重くしたということについても、それを認めるに足りる証拠はなく、かえつて〈証拠〉によると、キンのように子宮癌の再発、転移により、後腹膜に癌の播種が認められる場合は、手術によりそれをすべて剔除することは不可能であり、キンも手術後の癌増殖により病状が悪化し、癌性腹膜炎による癌死を迎えたこと、キンの癌死は不可避であつたことがうかがえる。

従つて請求原因6の主張も失当であり、採用することができない。

七そうすると原告らの本訴請求は、他の点について検討するまでもなく、理由がなく、失当ということになるから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官上杉晴一郎 裁判官田中 優 裁判官中村 哲)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例